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史跡・名所

2009年8月1日更新

ハリー・パークス上陸地

ハリー・パークス上陸地の写真

慶応3年(1867年)8月、イギリス公使ハリー ・パークス、通訳官アーネスト・サトウは、徳島藩主の招きで軍艦2隻を従えてこの地に上陸しました。これは外国船が小松島港に来港した最初となりました。

住所:中田町字根井 (地図はこちら

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小神子海岸(コミコ)

小神子海岸(コミコ)の写真

日峰山の東側にある小神子海岸は、波静かな海岸で、南方に雉子岩が見え、はるかに紀伊水道がおだやかさをたたえる市民の散歩道です。北側にある大神子と並んで日峰山を取り囲むように、やさしく海岸線を形作っています。

住所:徳島市 (地図はこちら

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日峰山(ヒノミネサン)

日峰山(ヒノミネサン)の写真日峰山は、峰伝いの風景が徳島県屈指の眺めで知られ、徳島市の中津峰、阿南市の津峰と供に阿波の三峰と呼ばれています。南には小松島市の全景、東方は湖のような小松島湾、そして紀伊水道が望められ、はるかに紀伊の山々も夢のように浮かび出てきます。山頂の公園には日峰神社があり、ドライブウエイも完備し、市民の憩いの場所です。

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千代の松原

千代の松原の写真東八幡神社付近にあるこの松林は、徳島藩藩祖蜂須家政が別荘を建て、春は桜、秋は山の紅葉を楽しみ、豊臣秀吉を祭る壮麗な豊国大明神と豊林寺を建てたことから文化の高い地となりました。現在は、松の緑が昔の風情と面影を伝えています。

住所:中田町字奥林 (地図はこちら

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ウォールアート

ウォールアートの写真港町の活性化にと催されるウォールアートは、公募の中から選ばれたイラスト作品を倉庫の壁一面に描くポップな祭りです。港の伝統の中に若者のパワーがみなぎり、新しい市民の文化が育まれています。 

住所:中田町字奥林 (地図はこちら

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前山古墳(マエヤマ)

前山古墳(マエヤマ)の写真田浦町前山にある前山古墳は4世紀末までにつくられた直径15メートルの円墳です。中には2つの埋葬施設があり、人骨や銅鏡、鉄剣などが出土しました。また東側の丘陵からは少数の埴輪も出土しています。

住所:田浦町字前山 (地図はこちら

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新居見城跡

新居見城跡の写真義経が上陸の際、屋島に向けて道案内をした近藤六親の居城で百騎余りの兵を養う山城である。兵を集めると二百余の軍勢は招集できた。

住所:新居見町字東山下 (地図はこちら

弁慶の岩屋(ベンケイのイワヤ)

弁慶の岩屋(ベンケイのイワヤ)の写真6世紀の後半頃につくられたとされている古墳です。この岩屋は「弁慶ほどの怪力でなければ造ることができない」というスケールの大きさから名付けられました。自然の巨石を使った横穴式の石室があり、1944年には徳島県の史跡に指定。古墳内部からは須恵器や管玉などが出土しています。

住所:芝生町字宮ノ後 (地図はこちら

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旗山(ハタヤマ)

旗山(ハタヤマ)の写真源平合戦の元暦2年(1185年)2月18日、勝浦尼子ヶ浦に上陸した源義経は、この旗山の山頂に源氏の白旗をかかげ士気を高揚しました。現在、日本一高い義経の騎馬像が建てられ、夜もライトアップされています。

住所:芝生町字宮ノ後 (地図はこちら

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義経伝説 

ドリームロード

ドリームロードの写真ドリームロードの写真を見る [その他のファイル/46KB]

義経ドリームロード

恩山寺(オンザンジ)

恩山寺(オンザンジ)の写真

住所:田野町字恩山寺谷40 (地図はこちら
Tel:0885-33-1218

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立江寺(タツエジ)

 住所:立江町字若松13 立江寺

地図はこちら
Tel:0885-37-1019

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弁天山(ベンテンサン)

弁天山(ベンテンサン)の写真

住所:金磯町3 (地図はこちら

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